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海江田万里の漢詩の風景/涼州詞/王翰

b0102720_23384493.jpg今日のキー・フレーズ
人生足别离
rén shēng zú bié lí
サヨナラだけが人生だ



昨日のCpodは酒飲みの話でしたが、今週の「漢詩の風景」もお酒にまつわる漢詩でした。

         凉州词
                   王翰

葡萄美酒夜光杯,欲饮琵琶马上催。
醉卧沙场君莫笑,古来征战几人回?


pú táo měi jiǔ yè guāng bēi yù yǐn pí pá mǎ shàng cuī
zuì wò shā chǎng jūn mò xiào gǔ lái zhēng zhàn jǐ rén huí

葡萄の美酒 夜光の杯 飲まんと欲すれば 琵琶 馬上に催す
酔うて沙場に臥するを 君笑うことなかれ 古来 征戦 幾人か回る


この王翰(687-726)の「涼州詞」は、日本では人気があるらしく、最近読んだ「漢詩百首」(高橋睦郎・中公新書)にもありました。

そこから現代語訳を(申し訳ありません)勝手に拝借すると、

葡萄をかもした美酒(うまざけ)、(それを満たした)夜光る玉(ぎょく)の杯(さかずき)。私が飲もうとすると、馬上で琵琶を弾いてくれようというのか。
酔いつぶれたら沙(すな)の場(にわ)に臥(ね)てしまうぞ、君どうか笑わ莫(な)いでおくれ。古(いにしえ)より来(このかた)、戦いに征(い)ったものたちのうち、いったい幾人が回(かえ)ってこられたというのだ。


葡萄の美酒はワインのことでしょうか?こんな昔の中国にワインがあったとは思えませんが・・・


この他にもお酒を歌った漢詩は山ほどあるようですが、どうして中国人はお酒がこんなにも好きなのか不思議です。

ほほ同時代に生きた李白の唐詩

        客中行
                   李白

兰陵美酒郁金香,玉碗盛来琥珀光。
但使主人能醉客,不知何处是他乡。


lán líng měi jiǔ yù jīn xiāng yù wǎn shèng lái hǔ pò guāng
dàn shǐ zhǔ rén néng zuì kè bù zhī hé chǔ shì tā xiāng

蘭陵名産のうま酒は、鬱金(ウコン)にも似たよい香り。
玉の杯(さかずき)なみなみと注げば、それは琥珀色のかがやき。
ひとえに主人どのが、上手に旅人の私を酔わせてくれさえすれば、
いったいどこが異郷であろうか、いや、どこだってわが家と同じようにくつろげるのだ。

(宇野直人先生のNHK古典講読 李白 の訳からです)

銘酒と美しい杯できらびやかな雰囲気をもりあげ、最後に心境を詠うのは共通したパターンですね。


そしてたぶん「別れ」の好きな日本人に好まれるのが次の漢詩かもしれません。

      劝 酒
            于武陵

劝君金屈卮, 满酌不须辞。
花发多风雨, 人生足别离。


quàn jūn jīn qū zhī mǎn zhuó bù xū cí
huā fā duō fēng yǔ rén shēng zú bié lí

君に勧む 金屈卮
満酌辞するを須(もち)いず
花発(さ)いて 風雨多し
人生 別離足る



この漢詩が有名なのは、井伏鱒二の名訳があるからだそうです。

この杯を受けてくれ
どうぞなみなみ注がしておくれ
花に嵐のたとえもあるぞ
「さよなら」だけが人生だ

(井伏鱒二「厄除け詩集」)

「さよなら」だけが人生だ
この一文が心を打つためか、あちこちで見かけますね。

寺山修司さんの引用詞も有名とか。

さよならだけが人生ならば また来る春は何だろう
はるかなる地の果てに咲いている 野の百合は何だろう
さよならだけが人生ならば めぐり会う日は何だろう
やさしいやさしい夕焼と ふたりの愛は何だろう
さよならだけが人生ならば 建てた我が家はなんだろう
さみしいさみしい平原に ともす灯りは何だろう
さよならだけが 人生ならば
人生なんか いりません。

(寺山修司「幸福が遠すぎたら」)

劝 酒(酒を勧む)の漢詩が、どんどん抒情的になって最後はいかにも日本的抒情詩になってしまいました。

人生足别离

もともとの意味はどういうものだったのでしょう。
人生は別れに満ちている?

“足”の意味がはっきりしませんね。


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by chinafish | 2007-09-21 23:33 | 成句詩句
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