カテゴリ:成句詩句( 17 )

いつも心にある故郷

王维≪杂诗三首≫
盧思の中国 気ままにおしゃべり

b0102720_873535.jpg
家住孟津河,门对孟津口。
常有江南船,寄书家中否?


君自故乡来,应知故乡事。
来日绮窗前,寒梅著花未。


已见寒梅发,复闻啼鸟声。
愁心视春草,畏向玉阶生。



住まいは孟津河のほとり、孟津の渡し場に望む
しばしば行き交う江南からの船、家への便りはないのかしら?

貴方は私の故郷から来たから、きっと故郷の様子を知っているはず
旅立ちの頃、わが家の飾り窓の前の梅はもう咲いていただろうか?

すでに寒梅が咲き、鳥のさえずりが聞こえる
憂鬱な思いで春の草をみていると、戸口まで生い茂るかと心配になる




王維(699年? - 759年?)は、唐を代表する詩人。
「雑詩」は三つの詩から成っていて、番組では一番有名なその二が紹介されていました。

孟津と江南、離れ離れに暮らす男女の思いを歌った詩で、一と三は女性から男性への、
二は男性から女性への思いだそうです。

孟津は、河南省洛陽市に位置する県。

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by chinafish | 2009-03-21 08:08 | 成句詩句

繊手(せんしゅ)なんて日本語知ってました?

≪少年游•并刀如水≫
周邦彦

b0102720_2319661.jpg并刀如水,吴盐胜雪,纤手破新橙。
锦幄初温。兽烟不断,相对坐调笙。
低声问:向谁行宿?城上已三更。
马滑霜浓,不如休去,直是少人行!



並州の刀は水の如く輝き、呉地の塩は 雪に勝る白さ。
繊細な手で新鮮なオレンジを切る
錦の布団はすでに温められており、魔除けの香が絶えず焚かれている。
彼女の奏でる笙を聞きながら二人は向かい合う。
彼女は低い声で聞く「今夜、あなたは何処で宿を探すのかしら、
街にはすでに深更の知らせ。
霜が降りて馬の脚は滑りやすいし、帰るのはやめたほうが良いでしょう。
ほんとうに道行く人はいませんわ!」


纤手 qiàn shǒu 繊手(せんしゅ)、かぼそくたおやかな女の手。


周邦彦(1056―1121)は、北宋の「四大詞人」と称せられた人。

開封一の名妓「李師師」(りしし)と、そのもとに密かに通う徽宗皇帝の会話を盗み聞き詠んだものだそうですが、李師師はたぶん実在しなかった女性なので、この詞もきっと創作です。

少年遊は、詞の形式の一つで詞の題名には、詩のように内容による題はつけられないそうです。
暗示的な言葉を並べて情景を見事に描いた宗詞だそうですが、私の中国語ではさっぱり良さが分かりませんね。

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by chinafish | 2009-03-10 23:20 | 成句詩句

長期の食券って?

b0102720_057140.jpg成語?


长期饭票
cháng qī fàn piào
永久就職

长期饭票 一生食いはぐれのない仕事。女性が男性の経済力をあてにして結婚すること。



最近の若い人は言わないのでしょうか?「女性はいざとなれば永久就職という道がある」なんて昔はよく言いました。
「长期饭票」、やっぱり中国、食にからめた言い方をするんですね。
最近中国では就職難なので、女性は仕事を見つけるより旦那さんを見つけるほうが容易なのだとか。

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by chinafish | 2009-02-06 00:59 | 成句詩句

犬の肺って?

b0102720_714874.jpg成語

狼心狗肺

恩知らず!

狼心狗肺 狼や犬のような残忍非道な心、恩知らず



中国の成語、字から由来がすぐにはわからないものが結構あります。
狼の心はわかりますが、犬の肺ってなんでしょう?残忍とは思えませんが・・・
辞書には書いてないので、ネットで調べると怪しげな由来がありました。
要約すると、道中出会った死人を助けようと、狼の心臓と犬の肺を移植して生き返らせたところ、助けた恩人を盗人だと訴えたという話。狼の心臓と犬の肺を持った恩知らずと言うことでしょう。
荒唐無稽な話でちょっと怪しい由来です。

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by chinafish | 2009-02-04 07:02 | 成句詩句

これってツンデレですか?

戴望舒≪烦忧≫

b0102720_23212080.jpg说是寂寞的秋的清愁,
说是辽远的海的相思。
假如有人问我的烦忧,
我不敢说出你的名字。

我不敢说出你的名字,
假如有人问我的烦忧:
说是辽远的海的相思,
说是寂寞的秋的清愁。


それは寂しい秋のしみとおるわびしさ
それは遥か遠い海への想い
もしも僕の憂いを聞かれたとしても
きっと君の名を口には出せない

きっと君の名を口には出せない
もしも僕の憂いを聞かれたとしても
寂しい秋のしみとおるわびしさだと言おう
遥か遠い海への想いと言おう




オールドファッションの甘い恋の詩からは想像できませんが、戴望舒(1905-1950)は抗日活動のため日本軍に投獄された愛国詩人です。
戦後は、国民党に追われ香港に移住、のちに上海に戻るも1950年2月28日にわずか45歳で病死したそうです。

君の名は中国でしょうか?

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by chinafish | 2008-07-27 23:22 | 成句詩句

革命の日々は遠し?

NHK中国語会話から



b0102720_23503976.jpg不到长城非好汉不吃烤鸭真遗憾
bú dào cháng/zhǎng chéng fēi hǎo hàn bù chī kǎo yā zhēn yí hàn
長城に到らずんば好漢にあらず、北京ダックを食べないのは遺憾の極み



“不到长城非好汉”
もとは、毛沢東さんの《长征谣》という詞からだそうです。

1935年4月、長征途上の紅軍を鼓舞した詩です。
でも今は北京ダックの宣伝になってしまったみたいです。


天高云淡,望断南飞雁。
不到长城非好汉,屈指行程二万。
六盘山上高峰,红旗漫卷西风。
今日长缨在手,何时缚住苍龙?

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by chinafish | 2008-06-02 23:50 | 成句詩句

地の塩

海江田万里の漢詩の風景≪塩を収む≫/王安石

b0102720_0145721.jpg一民之生重天下, 君子忍与争秋毫。
yī mín zhī shēng zhòng tiān xià jūn zǐ rěn yǔ zhēng qiū háo
一民の生 天下に重し 君子 与に秋毫を争うに忍びんや

秋毫 qiū háo 極めて微細なもの

「秋になって生え替わった鳥獣の細い毛」⇒秋毫(しゅうごう)となったそうです。
こんな日本語知りませんでした。



王安石( 1021~1086) 中国・北宋の代に、新法改革を推進した政治家。
詩人・名文家としても非常に有名で、科挙の制度ゆえか、古代中国には「詩人政治家」が珍しくなかったようですね。

收盐の全文は下のように長いものですが、貧しい庶民が塩を盗って得るわずかな収入を
没収するには忍びないという内容。

收盐

州家飞符来比栉, 海中收盐今复密。
穷囚破屋正嗟郗, 吏兵操舟去复出。
海中诸岛古不毛, 岛夷为生今独劳。
不煎海水饿死耳, 谁肯坐守无亡逃。
尔来贼盗往往有, 劫杀贾客沈其艘。
一民之生重天下, 君子忍与争秋毫。



「万緑丛中一点紅」
「中国語大好き! ジャスミン茶を飲みながら・・・」で、「紅一点」の由来は王安石の詩だとい ました。
でも実は王安石はこんな詩は書いてなかったとか。


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by chinafish | 2008-05-27 00:16 | 成句詩句

人は最後にどこへ向かうのでしょうか?

海江田万里の漢詩の風景 ≪帰去来の辞≫/陶潜

b0102720_0315785.jpg归去来兮!田园将芜胡不归?
guī qù lái xī tián yuán jiāng wú hú bù guī
かえりなんいざ! 田園 将(まさ)に蕪(あ)れんとす 胡(な)んぞ 帰らざる

芜 wú 雑草が茂る



晋の陶淵明が宮仕えを辞め、故郷の田園へ帰る心境を語る詩です。
原文は短編小説なみの長さでストーリー性もあるものです。

与謝蕪村の蕪村は、蕪(あ)れんとす村から来ているとか。

日本語でも
「帰去来」=故郷に帰るためにある地を去ること
とあります。
でも望郷の思いを歌った詩ではありませんね。
最後の一段を読むと、陶淵明の人生観、無常観が感じられます。


  归去来兮,请息交以绝游。世与我而相遗,复驾言兮焉求?悦亲戚之情话,乐琴书以消忧。农人告余以春兮,将有事乎西畴。或命巾车,或[木卓]孤舟。既窈窕以寻壑,亦崎岖而经丘。木欣欣以向荣,泉涓涓而始流。羡万物之得时,感吾生之行休。
  已矣乎!寓形宇内复几时?何不委心任去留?胡为惶惶欲何之?富贵非吾愿,帝乡不可期。怀良辰以孤往,或执杖而耘耔。登东坳以舒啸,临清流而赋诗。聊乘化以归尽,乐夫天命复奚疑?

もうこれまでだ。この肉体をこの世の中にとどめることは、あとどれほどであろうか。どうして心を自然の成り行きに任せようとしないのか。どうしてうろうろとしてどこかに行こうとするのか。金持ちになったり高い身分になったりすることは、私の望みではないし、仙人のいる不老不死の世界に行くことも期待できない。よい時節を思って一人出掛け、時には、ついている杖を地面に突き立てて、野良仕事をしよう。東の丘に登っては、ゆるやかに歌を口ずさみ、清らかな流れに臨んでは、詩を作る。しばらくは自然の変化に身を任せて命の尽きるままにしよう。あの天命を楽しんで、またいったい何を疑おうか。

Alas! How many more days can I live on this earth?
Why not take life as it is?
Why do I worry? What am I aspiring to?
I do not seek wealth and position,
Nor do I desire to live with fairies and gods.
I would go out alone on a fine day,
To cultivate farmland with my staff laid aside.
I would shout aloud on the top of the eastern hill,
And compose poems by clear streams.
Welcoming death as part of the vicissitudes of life,
I would be contented with what is willed by Heaven.
What else do I want?

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by chinafish | 2008-04-27 00:32 | 成句詩句

「寒食」って?

海江田万里の漢詩の風景 ≪寒食の雨≫/蘇軾

b0102720_07210.jpg年年欲惜春,春去不容惜
nián nián yù xī chūn chūn qù bú/bù róng xī
年々春を惜しまんと欲すれども、春去って惜しむを容れず



蘇軾は北宋代の政治家、詩人、書家。
号をもじった、蘇東坡(そとうば)のほうが馴染みがあります。

「寒食(かんしょく)」は、冬至から105日目、清明節の前日のことだそうで、その日は一日中、火の使用を禁じ、あらかじめ寒食用に料理を作っておいて冷たいものを食べるのだそうです。
寒食の日に火を用いないのは、その季節は風雨が厳しいからとか、晋の文公が部下の介子推を悼んでいるからとか書いてありましたが、ほんとはどうなんでしょうか。

今日紹介された「寒食の雨」は、「寒食雨二首」という詩の一部。

黄州(湖北省黄岡)に流罪となった蘇軾が、この黄州で作ったの詩で、「黄州に来て三度目の寒食を過ごした」という句で始まります。

寒食雨二首

自我来黄州,已过三寒食。
年年欲惜春,春去不容惜。
今年又苦雨,两月秋萧瑟。
卧闻海棠花,泥污胭脂雪。
暗中偷负去,夜半真有力。
何殊病少年,病起头已白。
春江欲入户,雨势来不已。
小屋如渔舟,濛濛水云里。
空庖煮寒菜,破灶烧湿苇。
那知是寒食,但见乌衔纸。
君门深九重,坟墓在万里。
也拟哭途穷,死灰吹不起。

北宋を代表する大詩人かつ文章家といわれる蘇軾は、しかし官僚としての二度も流罪となり挫折の人生を送ったそうです。

短い春を惜しむ気持が切実ですね。


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by chinafish | 2008-04-17 00:07 | 成句詩句

1月5日に詠んだお正月にふさわしい漢詩です

b0102720_23471684.jpg 海江田万里の漢詩の風景 ≪遊斜川≫陶淵明

陶淵明(365年 - 427年)は、中国六朝時代の東晋末から南朝宋にかけて活躍した漢詩人。

中觞纵遥情,忘彼千载忧。
且极今朝乐,明日非所求。

zhōng shāng zòng yáo qíng wàng bǐ qiān zài yōu
qiě jí jīn cháo lè míng rì fēi suǒ qiú
酒を飲むうちに心は解き放たれ、彼の「千載の憂い」など
忘れてしまった。今はこの楽しみを極めよう、明日は
どうなるかわからないのだから。



遊斜川=斜川に遊ぶ には長い序文がついていますが、この漢詩を歌った時の状況が書かれています。
辛丑の年の正月五日、和やかな日に、二、三人の隣人と一緒に斜川で遊び曾城の景色を眺めた時に歌ったものだそうです。

上の最期の一句、海江田万里さん曰く、
「今日という日を大切にし、楽しみを極めることで明日がついて来る」
と解釈するのだそうです。
ばたばたしている間にもう1月も11日ですね。
なかなか漢詩を楽しむまでは行きませんが、充実した毎日を送りたいものです。


≪遊斜川序≫

辛酉正月五日,天气澄和,风物闲美,与二三邻曲,同游斜川。临长流,望曾城
;鲂鲤跃鳞于将夕,水鸥乘和以翻飞。彼南阜者,名实旧矣,不复乃为嗟叹;若
夫曾城,傍无依接,独秀中皋;遥想灵山,有爱嘉名。欣对不足,率尔赋诗。悲
日月之遂往,悼吾年之不留;年疏年纪乡里,以记其时日。

(以下が本題)

开岁倏五日,吾生行归休。
念之动中怀,及辰为兹游。
气和天惟澄,班坐依远流;
弱湍驰文鲂,闲谷矫鸣鸥。
迥泽散游目,缅然睇曾丘;
虽微九重秀,顾瞻无匹俦。
提壶接宾侣,引满更献酬;
未知从今去,当复如此不?
中觞纵遥情,忘彼千载忧。
且极今朝乐,明日非所求。


(大意)
年が明けたちまち5日が過ぎた。私の命も死に帰ることを思うと心が動じる。
そこで気晴らしに遊びに出かけ穏やかな川のそばに座って過ごした。
鯉が泳ぎ水カモメが飛んでいる。曾丘の眺めは九重に連なるものではないが、
素晴らしい眺めである。
酒壺を提げて友に勧め、ついではまた飲み干す。
このような日がまた来るかどうかはわからない。
酒を飲むうちに心は解き放たれ、彼の「千載の憂い」など忘れてしまった。
今はこの楽しみを極めよう、明日はどうなるかわからないのだから。


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by chinafish | 2008-01-11 23:49 | 成句詩句