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『考工記』

b0102720_16255567.jpg魯の都城の構成は、周代の儀礼、儀式について書かれた「周礼」に基づくとされる。

「周礼」は、周公旦が書いたとの言われている。都城の構成が書かれているのは、周礼の内、『考工記』と呼ばれる古代の車・兵器・楽器等の製作、宮室造営の技術が説かれている書。

『考工記』にはこれ以外にも、度量衡器の大きさや車(主に馬が曵く)の車輪の大きさ、弓の長さなど、多数の数値が載せられている。それらの数値は当時の基準であったと考えられ、現在の出土品でも証明されている。

『考工記』に書かれた都城に関する規定は次のようにまとめることができる。

一、王城は一辺九里の正方形で、東西南北の各城壁に各々三門、合計十二の城門を開く。
二、東西軸と南北軸にそれぞれ三本、合計九本の幹線道路を通し、城を巡る環状道路を城壁沿いに造る。
三、南面する王宮から見て、右に社稷壇(土地と穀物の神を祀る祭壇、上に屋根はない)、左に宗廟(王室の先祖を祀るおたまや)を造る(左祖右社)。
四、王宮の前に朝(政務を執る所)を、後に市場を造る(面朝後市)。
by chinafish | 2005-06-03 16:24 | 中国建築
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