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人は最後にどこへ向かうのでしょうか?

海江田万里の漢詩の風景 ≪帰去来の辞≫/陶潜

b0102720_0315785.jpg归去来兮!田园将芜胡不归?
guī qù lái xī tián yuán jiāng wú hú bù guī
かえりなんいざ! 田園 将(まさ)に蕪(あ)れんとす 胡(な)んぞ 帰らざる

芜 wú 雑草が茂る



晋の陶淵明が宮仕えを辞め、故郷の田園へ帰る心境を語る詩です。
原文は短編小説なみの長さでストーリー性もあるものです。

与謝蕪村の蕪村は、蕪(あ)れんとす村から来ているとか。

日本語でも
「帰去来」=故郷に帰るためにある地を去ること
とあります。
でも望郷の思いを歌った詩ではありませんね。
最後の一段を読むと、陶淵明の人生観、無常観が感じられます。


  归去来兮,请息交以绝游。世与我而相遗,复驾言兮焉求?悦亲戚之情话,乐琴书以消忧。农人告余以春兮,将有事乎西畴。或命巾车,或[木卓]孤舟。既窈窕以寻壑,亦崎岖而经丘。木欣欣以向荣,泉涓涓而始流。羡万物之得时,感吾生之行休。
  已矣乎!寓形宇内复几时?何不委心任去留?胡为惶惶欲何之?富贵非吾愿,帝乡不可期。怀良辰以孤往,或执杖而耘耔。登东坳以舒啸,临清流而赋诗。聊乘化以归尽,乐夫天命复奚疑?

もうこれまでだ。この肉体をこの世の中にとどめることは、あとどれほどであろうか。どうして心を自然の成り行きに任せようとしないのか。どうしてうろうろとしてどこかに行こうとするのか。金持ちになったり高い身分になったりすることは、私の望みではないし、仙人のいる不老不死の世界に行くことも期待できない。よい時節を思って一人出掛け、時には、ついている杖を地面に突き立てて、野良仕事をしよう。東の丘に登っては、ゆるやかに歌を口ずさみ、清らかな流れに臨んでは、詩を作る。しばらくは自然の変化に身を任せて命の尽きるままにしよう。あの天命を楽しんで、またいったい何を疑おうか。

Alas! How many more days can I live on this earth?
Why not take life as it is?
Why do I worry? What am I aspiring to?
I do not seek wealth and position,
Nor do I desire to live with fairies and gods.
I would go out alone on a fine day,
To cultivate farmland with my staff laid aside.
I would shout aloud on the top of the eastern hill,
And compose poems by clear streams.
Welcoming death as part of the vicissitudes of life,
I would be contented with what is willed by Heaven.
What else do I want?

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by chinafish | 2008-04-27 00:32 | 成句詩句
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