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中国を読む:大地の咆哮/元上海領事が見た中国

杉本信行(PHP研究所)


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対中外交を憂う信念の書

「靖国参拝問題」、「対日デモ」と揺れる対中外交の最中、最前線で関った外交官の書いた本。

杉本氏は、中国で語学研修を受け、中国の専門家となるべく育てられた外交官、いわゆる「チャイナスクール」の一員であり、14年間中国に勤務した。外交官としてリアルタイムで中国を見て来た実体験が書かれている。中国を見る眼差しの射程の長さ、中国経験の度合いの深さは、巷の「中国本」とは一線を隠した、外交資料に近い著作と言える。日中友好条約の締結から、対中ODAの実施など外交の最前線で起こった事実が語られ、臨場感ある記述がこの本の陰影を一段と深いものにしている。

中国をどう認識するか、その出発点を筆者は、

1)中国の歴史とともに、現代社会の真の現状を知ること
2)社会の最大の懸念は、対外政策というより国内政策であり、特に農村の貧困問題である
3)中国共産党による支配体制は磐石のものでなく、脆弱性、不安定さの実態を把握する必要がある

と述べている。
上記を出発点として、現代中国が抱える数々の国内問題が述べられるが、視点の確かさ、分析の深さ、提案される解決策の新鮮さは他に類を見ない。中国の矛盾した姿を、中国共産党がメディア統制により、世界の目から隠そうとしているのはすでに周知の事実ではあるが、中国の巨大で複雑な全体像を把握するためには、必読の書だと思う。

1974年に始まる研修時代、開放以前の中国を初めて訪れた印象を、筆者はこう語る

・・人民解放軍の兵士が立っているのが見え、思わず緊張する。「どうしてこんなところに来るはめになったのか。生きて日本に帰れるのだろうか」
道路が真っ暗で外灯と言うものがない。しかも車はなぜか無灯火のまま。空襲を防止するという軍事的な目的で車の夜間の点燈走行を禁止しているのである

「これをください」というと、店員から必ず「没有(メイヨウ)」と返される。・・とにかく物は買えない。あっても売ってくれない。(見本なので売ると見本がなくなるから)そのうえに買いたい物がない、というないない尽くしの生活


最初に覚える中国語は、「没有」だったそうだ。今なら当然、「ニーハオ」であるが、当時は挨拶よりも「メイヨウ」で始まる生活だったのだろうか?
また語学研修といっても、「おまえの思想は間違っている」と言われ、思想改造されそうになったり、「二十キロ制限」で外出は規制され、さらに行動の全てはひそかに記録に残されていたなど、漠然とは想像していた事だが、かつての中国の厳しい統制社会が実体験として語られている。

研修を終えた杉本氏は、外交官として、「日中友好平和条約締結」、「尖閣諸島問題」、「対中ODA」に関っていく。なかでも対中ODAを実施していく中で、日本の貢献を中国に認めさせるために杉本氏が奮闘する様は、多少なりとも国税を払っている身として思わず応援したくなる。そこに記述された、「日本の安全保障問題としての日中外交」の視点は、今後の日中関係を考える上でも不可欠だ。その視点の延長線上に、「靖国参拝問題」や「台湾との外交」、「対中ODA見直し」等の問題を捉え、今後の対中外交に関し数々の提言がなされている。

中国では義務教育では、国は費用の3割しか負担しないため、個人の負担が非常に大きいそうだ。そのため貧しい農村の子どもは小学校さえいけないこともある。
また、急激かつ非効率な社会の経済成長に伴い、環境破壊や水不足は非常に深刻な状況だ。毎年、大阪府の2倍の面積が砂漠化しているという。
筆者は、

日本が中国の軍事費拡大を非難し、中国がそれに耳を貸さないからといって中国に対するODAを終了するのは得策ではない


と言う。なぜなら、中国はそれを内政干渉としか受け取らないからだ。
それよりも、ODAにより、学校の建設や河川の浄化工事を行い、中国が抱える様々な問題が放置されている状況を看過せず、援助することにより問題提起を行い、中国の予算の優先度を変えさせる。そういう形でODA予算を使っていくべきだと主張している。
こうして中国の内部矛盾による爆発を防ぐことが、日本の安全保障においても重要なのであろう。非常に鋭くかつ現実的な意見だと思う。

筆者は、中国最大の問題点を、農村の貧困、農民に対する差別や搾取であるとし、税の不公平、役人の不正、出稼ぎ農民が行政サービスを全く受けられない現実を具体的に述べている。さらに都市住民における格差の拡大、都市部と内陸部の格差拡大など、このまま放置すれば農民の不満が爆破し、社会が混乱する事は避けられず、日本にとっても大きな脅威となってくることが想像される。
中国社会の根幹から、遠く聞こえてくる農民の声、「大地の咆哮」が杉本氏の耳に響き渡り離れない。これからの日中関係を考えていく上で、筆者が聞いた大地を揺るがす声を、我々自身も感じていく必要があるだろう。

こうした農民問題に加えて、共産党内部の反対勢力が、「靖国問題」や「対日デモ」に乗じて揺さぶりをかけている様子など、不安定な中国の状況を読むと、本当の脅威とは何か、対中外交はどうあるべきかを再考せざるを得ない。

中国が抱える問題点が、ブラックボックス化し大きな社会的脅威となっている現状を打破するために、杉本氏は外圧を利用すべきであると述べる。その具体策として、「バチカンとの国交正常化」を挙げる。バチカンと中国が国交正常化を果たし、カトリック協会が農村に入り込むことで世界に情報を流すことが可能になるというのだ。その有効性は私にはわからないが、いずれにせよ、まず情報の開示を図り現実の姿を知らしめることが不可欠であるのは言うまでも無い。

巻末には、日中の対立点に関する著者の意見が列挙されており、大変参考になる。「靖国参拝は軍国主義の容認」、「日本は過去を謝罪していない」、「ドイツの謝罪を日本は見習うべき」、「日本の教科書は歴史を歪曲している」、「尖閣諸島は中国領土」と言った中国の主張に対し、事実に基づいた考証・反論がなされており、私自身が初めて知る事実も多かった。

また蛇足だが気になった点が2点。
1)出稼ぎ農民は、行政サービスを全く受けられないとの記述があるが、仮居住証といったものを受けることが可能であり、それに基づき医療チェックを受けているのを私自身は目にした。仮登録により農民を管理するためかもしれないが、全く行政サービスを受けられないことは無いのではないだろうか?
2)上海の地元企業が建てた高層ビルは、沈下を想定せずに建てているため将来使い物にならなくなる可能性が高い、との記述がある。確かに日本と比較すると品質は高くないが、基本的にはどのビルも中国の国内基準に基づき沈下を考慮している。特に上海中心街のビルは、設計に関しても施工に関しても比較的しっかりした役所の指導・管理が行われている。それよりも空き室率の高さが問題で、使われないことで老朽化し不良債権化していくと思われる。

筆者は2004年まで上海総領事を勤められ、今年病のために亡くなられた。
日中関係が、かつてないほど重要さを増す今日、筆者が職務半ばにて倒れ、帰らぬ人となったのは残念至極である。ここに書かれた内容以上に、諸般の事情により書かれなかった話が沢山あったに違いない。その作者の様々な想いは、黄砂と共に今も中国の大地に舞っているかのように私は感じている。
合掌。

by chinafish | 2006-10-02 07:28